LINEに所属するアスリート社員に、目標へのアプローチの方法や周囲の人たちとの関わり方について伺うこの企画。今回は、東京パラリンピックに照準を定めながら活動する車いすラグビーの菅野元揮選手に密着です。今、アスリートとして何を思い、どんな未来を見据えているのかを語ってくれました。


今まで出会った競技の中で最も難しく「続けるのは無理なんじゃないかと思った」と話す菅野選手。

菅野 元揮(すがの もとき)
車いすラグビー(ウィルチェアーラグビー)選手。1992年4月15日生まれ。神奈川県出身。14歳の時に「アルペンスキー全日本選手権」のレース中のアクシデントで頸髄損傷の障がいを負い、17歳で車いすラグビーを始める。日本選手権で8回の優勝を誇る強豪チーム・BLITZに所属。慶應義塾大学卒業後、アスリート兼、外資系金融機関のビジネスマンとして多忙な日々を送る中、競技生活に専念するため、2016年にLINEに入社。

上手くできないから追及したくなった


――まずは、車いすラグビーを始めたキッカケを教えてください。

菅野:17歳のときに「マーダーボール」という映画を観て、カッコいいなと思ったのがキッカケですね。障がいを負う前からスポーツ全般が得意で、興味を持ったスポーツにはだいたいトライしてきました。他の競技はあまり苦労せずにある程度のレベルまでいけたんですけど、車いすラグビーだけはうまく行かなかった。まあ、今もうまく行かないこともありますけど(笑)。当時、それが悔しくて。

頭の中のイメージに、実際のプレーがまったく追いつかない。もどかしかったですね。それで「上手くなりたい」と強く思うようになりました。誰かと比較して上手くできないというよりも、自分の理想に届かないことへの悔しさがモチベーションでした。


「プライベートもそうですが、競技に関してもフラットな考えのもと、楽しみながら行動してます」


――やり始めてから戸惑うことはなかったんでしょうか?

菅野:ありましたね。競技に使う車いすは、ものすごく重いんですよ。最初はあれに乗って速く動くという基本動作ができなくて、やり始めて早々に「これは無理かもしれない」って思いましたから。それでもやり続けてきたのは、やっぱり車いすラグビーにしかない魅力があったからです。車いすを使ったスポーツで、ここまでフルコンタクトのぶつかり合いをする競技はないんです。自分にとっては、そこが最大の魅力かもしれません。


北海道Big Dippers (北海道T×TBig Dippers)に所属する田邉耕一選手の協力のもと、タックルを実演してもらいました。双方の車輪が浮き上がるほど激しい衝突で、体育館に「ガツン!」という音が響き渡りました。


競技用の車いすは、選手の体に合わせて1台ずつ職人が手作りしているそうです。


頑丈に作られているものの、激しいぶつかり合いでバンパーやフレームにひびが入ることも珍しくないのだとか。


激しいタックルからタイヤを守る赤いホイールカバー。表面に黒く付着しているのは、滑り止めの松ヤニ。手のひらだけではなく、肘や腕でもタイヤをコントロールします。


チームの一員になることで思考が変わった


――車いすラグビーを通して学んだこと、発見したことがあるそうですね。

菅野:はい。スキー以外にも、テニスや自転車などいろんな競技をやってきましたが、実は団体競技は車いすラグビーが初めてなんですよ。仲間との練習や試合でのプレーはもちろん個人競技とは違いますが、そういう実技以上に、チームプレーを経験することで自分自身が変わってきたという実感はあります。

――具体的にはどういった部分で変化を感じていますか?

菅野:根本的に「思考から変わる」ことが必要だと思っています。チームの一員でいること自体もそうですし、チームメイトとボールをつないでプレーをするということも。そのベースにあるのはやっぱり思考ですから。僕は、競技に携わる以上は「結果」を求めたいと常々考えています。試合をする以上は勝ちたいんです。その結果を得るためには、個人競技をやっていた時と同じ考え方ではダメだなと。

勝つためにも、気持ちは抜きにして必要だと思うんですよ、チームでの競技なので。ただ、僕も馬鹿正直な人間なので「チームプレーに徹する」気持ちが強いあまり、パスを出し過ぎて「もっと自分に責任をもってプレーしよう」とチームメイトから言われることもあります(笑)。その判断が今の課題でもありますね。

――なるほど。では、所属するチームBLITZでのご自身の役割はどんなところにあると思いますか?

菅野:やっぱりチームの勝利に貢献できる選手であることでしょう。そのためには、フルで試合に出られなくてもいいと思っています。必要な局面で使ってもらって、そこでしっかりと得点を挙げる。そういう選手でありたいですね。チームプレーの中でそういう活躍をするためには、個人としてフィジカルを鍛えなければいけないと思っています。


2018年12月末に行われた「第20回 車いすラグビー日本選手権大会」ではBLITZが3位に。今年も12月末に行われる本選への出場が決定しています。


フィジカルとメンタルの強み&弱み


――周りの日本人選手と比較して、胸板がかなり厚いように見えます。意識的に鍛えているんでしょうか?

菅野:バリバリ意識しています(笑)。僕は障がいのレベルでいうと2.0というクラスに属しますが、他の選手よりも圧倒的なプレーをするためには体を作る必要があると思っています。パワーとスピードを両方持った選手は、なかなかいないので。世界のどこに行っても、どんな選手とぶつかっても対応できる体を作りたいですし、フィジカルを強くしてプレーヤーとして自分だけの色を付けたいという気持ちもあります。


密着したこの日の練習はシャトルランなどダッシュ系のトレーニングがメイン。開始2時間後あたりからようやくボールを使った練習のスタートです。


激しいタックルや急速ターンなど、車いすをコントロールしながらボールを扱うのは至難の業!


――腕の筋力のほかに、体重移動だけでも車いすをコントロールできるそうですが、スキー経験者のスキルが生かせているのでは?

菅野:それはありますね。車いすのセッティングはプレーヤーごとに違うので当然と言えば当然かもしれません。他の選手が僕の車いすに乗るとバランスが悪いらしく「これをコントロールするのは無理!」って言われます(笑)。ボディーバランスを大切にしながら、もっとパワーとスピードをつけていきたいと思っています。ゴールはないかもしれません。




朝一番はダンベルを使ったトレーニングから。


「車いすを動かすことが基本になるので、ダンベルは筋肉のパワーを最大限に出すための”セッティング”です」。

――メンタル面での課題はありますか?

菅野:常に成長したいと思っています。チームの一員でいることと並行して、競技や準備における自分の時間は大切にしたいと考えています。例えば、試合前のミーティングなどには参加しますが、試合開始までにやっておくべき自分のルーティンはしっかりこなすと。そこは仲間とワイワイしながら過ごしてしまうのではなく、しっかりと切り替えるようにしています。

――上手くできている実感はありますか?

菅野:基本的には大丈夫かな。ただ、やっぱり個人競技の経験が長かったせいか、試合中にチーム内の連携が上手くいかなかったりすると、どうしてもちょっとイラ立っちゃうんですよ(苦笑)。自分もまだまだだなぁって思いますね。そういう部分を成長させることがメンタル面での課題です。

東京パラリンピックと違うベクトル



練習場には愛車のポルシェ・カイエンで通い、競技用の車いすなどはすべて自分で運ぶそうです。持たせていただきましたが、めちゃくちゃ重い!

――どのように息抜きをしていますか?

菅野:休みの日ということに限らず、日常的に息抜きをしている感覚があります。音楽が好きで、ずっとドラムやギターをやってきました。今でも続けているんですけど、朝から昼過ぎまで車いすラグビーの練習をして、夕方から友だちとスタジオに入って、また次の日は早朝に起きて練習に行って……という繰り返しです。


自宅の一室。所有するギターは7本。ドラムは小学校1年生から続けていて「車いすラグビーより自信があるかも(笑)」とのこと。


――アスリートなのかミュージシャンなのか、分からない生活ですね(笑)。

菅野:いやいや、音楽は大好きですけど、あくまで趣味ですから。ちょっと前までは自分が好きな音楽をやってさえいれば、誰にも理解されなくていいやと思っていました。でも、最近はたまに友だちとストリートで演奏することもあります。やっぱり人に聴いてもらいたいなと(笑)。オリジナル曲もやりますけど、古い曲をアレンジしてみたり。ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」とか。メタルも好きですね。

―― いろんな方向に興味があるんですね。

菅野:最近は音楽だけじゃなくて、eスポーツもやり始めました。友だちに誘われてFPS(ファーストパーソン・シューター)というジャンルのゲームをやってみたら、割と調子がよくて(笑)。

――好きなことをやれば自然と息抜きができると?

菅野:そうなんですよ。だから特別なことをしている感覚はないですし、暇だと感じる時間もほとんどないんです。完全にオフの日になると、ずっと家の中で読書をして過ごします。小説も読みますが、ビジネス書も好きなんですよ。試合前にはヘッドフォンでお気に入りの音楽を聴きながら、本を読んで精神統一することもあります。

――趣味が車いすラグビーにもつながっているんですね。

菅野:はい。メガベンチャーの起業家などの本も読みますが、彼らの言葉や生き方にインスパイアされると言いますか、力をもらうことも多いんです。自分の目標に対して、いかに無駄なく論理的に動けるかという部分で。仕事にしろスポーツにしろ、精神的な部分……単にやる気という意味も含めて、自分の感情を大事にしないといけないと思うんです。モチベーション維持の方法論的なことで、ものすごく参考になっています。

――仮にモチベーションが下がってしまった時の対処法は?

菅野:メンタルの問題なので、逆にフィジカルだけはしっかりと維持することを心がけます。しっかり食べて、ウェイトトレーニングをする。整えられるものだけはしっかり整えておけば、何かしらの影響があっても最小限に抑えられますから。いずれ気持ちが高ぶってきたときに、体がついていけなくなっていたらどうしようもないですからね。フィジカルに引っ張られてメンタルが回復するなんてこともよくあります。ウェイトをやっている時に、「あっ、行ける気がする!」って思う瞬間があったり(笑)。そこは人それぞれなんでしょうけどね。


ひげを伸ばし始めたのは2018年の初夏から。ゲン担ぎかと思いきや「パリのチームでプレーした時に、パリジェンヌから『ベベ!(フランス語で「ベイビー!」の意味)』と呼ばれたので大人っぽく見せたくて……」と意外な答えが。


――東京パラリンピックまでの1年間については、どのようなプランをお持ちですか?

菅野:「期待してるよ!」と声をかけていただけるのはうれしいですし、実際に目標にもしているところなので楽しみにしています。最近では取材やイベントで、「オリンピック、パラリンピックまであと1年ですが」と聞かれることが多くなってきましたが、なぜか焦らないとまずいような雰囲気を感じますね(笑)。「焦る」って何事もよくないと思いますし。

1年後に向けてやるべきことは、周囲の声に乱されず、自分のペースを貫くことでしょうか。ライバルになる選手たちとの関係についても言えますね。「あいつはあんなことをやっているから、こっちもそれ以上にやらないと」という形で影響されて生活を乱すのではなく、自分の考えたメニューをしっかりこなしていく。「競技に対して自分は何が必要なのか」、「何が自分に足りなくて、何が自分の強みなのか」を考えながらやるべき行動をしていくだけなので。それが結果につながると信じています。

LINEに入って競技に集中できる環境になったことは、人生の大きな転換点になったと思います。

――では、東京パラリンピックのさらに先の目標はありますか?

菅野:アスリートとしては目標とする「線」があるんですが、実際そこに到達してみないと、そのあとの自分の気持ちがまだ全然わからないんですよね。東京パラリンピックっていう時間軸としての「線」もありますし。結局、パラリンピックの時期までに自分自身が納得する選手であるか否かで気持ちが変わってきますので。

――その時の環境などが自分のマインドにどう影響するかわからないですもんね。

菅野:そうなんですよ。アスリート以外のプライベートな目標ですと、僕は音楽やゲーム、読書だけじゃなく、モータースポーツも好きなんです。これは子どものころからの夢なんですけど、いつか「SUPER GT」のチームを持ちたいなと思っています。今からドライバーにはなれないでしょうけど、チームを持って監督になりたいんです。少し前に結婚したばかりですが、妻には「子どもができたらレーシングスクールに通わせるよ」って、すでに宣言してあります(笑)。


2019年3月の結婚披露宴では大勢の方々に祝福され、思わず男泣き。

――ちなみにご結婚されたことで何かご自身に変化はありましたか?

菅野:基本的な部分は結婚前と変わらないですね。趣味も相変わらず楽しんでますし、妻も「人生、好きなようにすればいいじゃない」ってスタンスなので(笑)。しいて言えば元々、料理するのがすごい好きなんですけど、さらに料理をするようになりましたね。妻も料理をしますが、ふるまう相手がそばにいると、つくりたくなります。

――どんな料理をつくるんですか?

菅野:イタリア料理しかつくらないですよ。それもガチのイタリア料理が好きで(笑)。妻には「料理するのは週1回にしてくれ」って言われます。普段、料理をしない人にありがちな、すごく金がかかるっていう(笑)。なので、公私ともに毎日、楽しみながら大切に過ごしています。


「食材にこだわりすぎて、怒られます(笑)」


「常にラグビーのことを考えて……ではなく、やる時にとことん集中してやる! というのが自分のスタイルです」と語ってくれました。

「競技も仕事もプライベートも生き生きと楽しみたい」そんな菅野選手のポジティブな思考に触れられたインタビューでした。

菅野選手が所属するBLITZの公式Facebookアカウントはこちら。年末の12月20日(金)~22日(日)の3日間、千葉ポートアリーナで開催される「第21回車いすラグビー日本選手権大会」本選への出場が決定しています。

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